天才って何でしょね。

私の幼少期の話なので、興味が無い方はスルーしてください。

私が生まれたのは1973年、昭和48年の10月20日でした。

3000㌘はこえていたみたい。

お腹から出て来て、大きくあくびしてから、泣き出したそうです。

このふてぶてしさは生まれつきデス。


四人兄弟の真ん中で、上に兄、下に双子の妹がいます。

下が双子だったので、私は四年間保育園に行ってました。


忘れもしない絵に関するエピソード。

年中さんの時の話です。

ノンタンの絵本が好きで、ノンタンを上手に描きたかった私は、しこたま考えました。
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んで、閃きます。

「この本の上に紙をのせてなぞれば上手く描ける!」

思った通り上手く描けたので、自宅に持ち帰って自慢気に母親に見せました。

母親がどうやって描いたのか聞くので、絵本に紙をのせて描いた事を話しました。

そしたら、ズルをしたと大変怒られました。

それから、結婚して(25歳)家を出るまで、描く事は徹底的に反対されました。

紙を破かれたり、本を破かれたり、言うこと聞かないからって殴られたり。

毎日怒られていたので、人前で描かずにこそこそ描くクセがつきました。

絵を描くのは、親と喧嘩する事でした。

ストレス無く積み上げていける日々を、喉から手が出る位望みました。

私は全力で絵を反対されていましたが、自分に子供が出来て気がつきました。

年中さんの時に自分で思い付いて写し絵をする発想力と上手く描けた事実が、どれだけ凄いことなのか。

自分で言うのもなんですが、あれは天才の部類だったと年中さん達を見て実感。

年中で思い付く事自体、稀な事でした。

あの時、両親に理解力と包容力があったら、確実に私の人生は変わっていたでしょう。

積み重ねる事というのは習慣ですが、その習慣でさえもコツや環境が必要です。

毎日罵倒される環境では、何やっても裏目にしかなりませんがな。

今で言う毒親の所業まんまそうσ( ̄∇ ̄;)

今はそんな影も形も残らず穏やかなものなので、それはそれでありがたいと思ってますが。


あの当時は、隠れてではないと描けない日々と、毎日の罵倒で、病気にもなりました。

生まれついての天才とか、たとえそういうレベルの事をしでかしたとしても、環境が伴わないと、同じ場を目指す人間よりも何十倍も何百倍も歩みが遅れてしまうのは当然です。

遅れるだけじゃなく、諦めざるおえなくなる人間だっているでしょう。

無くした膨大な時間を思うと、喉元掻きむしり心臓を引きずり出したくなる心境に、今でもかられますが、今ある環境で、今のペースで、動く以外にありません。

私は私の様に、幼い時に環境に恵まれず埋もれてしまう才能はあってはならないと思ってます。

たとえ子供の時に環境に恵まれなくても、大人になってからでも気兼ねなく、やりたい事にとりかかれる様に、環境と社会制度の充実も必要不可欠だと思います。

色々と思う所は多いのですが、どちらにしても、自分がビックにならないと、変える側にはまわれません。


私は本当に悔しかったので、こんな思いをする人がいるのならば、少なくなる事を心から望みます。

私も変える側に回りたいですね。


欲が出ると、無くした膨大な時間に目を向けてしまうので、自分のバランスがめっちゃ大切っすわ~(´・ω・`)



たとえ、天才とか神童とかだったとしても、環境が伴わなきゃ、そんなの開花しないのよ。

それが現実。

私に気力が足りなかった訳ではありません。

あ、うん。

それが一番言いたかったかもしんない(笑)
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by ukyo-p | 2017-09-12 20:40 | 卯京を構築する欠片 | Comments(0)

現代版ロマン派&象徴主義を目指している長野県松本市の画家(♀)。車にも描いたり。作家活動と日々のあれこれ趣味嗜好を綴ります。MINERVA会員、国際平和美術会会員、英国王立芸術家協会名誉会員。国内、国外で活動中。


by 卯京華月(うきょうかげつ)
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